東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1143号 判決 1967年10月31日
控訴人 吉田幸雄
被控訴人 有関商事株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決並びに原判決認可の手形訴訟判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金六三八、〇一八円及びこの内金三七〇、六八一円に対して昭和四〇年六月三日から、内金二六七、三三七円に対して昭和四〇年七月三日からそれぞれ完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は原判決事実摘示と同一(但し、原判決引用の手形訴訟判決一一枚目表一〇行目に「四一年九月一七日」とあるを「四〇年九月一七日」と、同一四枚目裏二行目に「六七三、三五二円」とあるを「八七三、三五二円」と各訂正する)であるから、これを引用する。
理由
一、被控訴人が控訴人主張の本件二通の約束手形を振出したこと、控訴人がその主張する裏書記載のある右各手形を現に所持すること、そして同各手形がいずれもその呈示期間内に呈示されたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、乙第五、六号証その他の証拠をもつてしても、被控訴人主張の隠れた取立委任裏書の事実を認めることはできない。従つて、控訴人は右各手形の正当な権利者と認めるほかなく、本件第二手形の第一被裏書人の抹消時期に関する被控訴人主張事実も、それだけでは、右判断を左右するに足らない。
二、控訴人が本件各手形を取得したのがその各呈示期間経過後であることは当事者間に争いがなく、以上争いなき事実と成立に争いのない甲第三号証、同乙第四号証、被控訴人代表者の原審における供述によつて成立を認める乙第五号証並びに弁論の全趣旨とによれば、本件各手形が振出されてからこれを控訴人が所持するに至つた迄の経緯は、控訴人が請求原因で主張しているとおりであることが認定できる。
ところで、控訴人は、次の事実、すなわち、右認定にあるように、控訴人が五幸商会に対する債権者として五幸商会の東京都民銀行に対する預金債権の転付を受けたところ、その後、同銀行が、控訴人に対し、右転付前に五幸商会に対し取得していた本件各手形等の買戻請求権をもつて右預金債権と相殺する旨意思表示した事実を理由に、右相殺により控訴人の前記預金債権が失われたから、控訴人において五幸商会の前記本件各手形等の買戻義務を代位弁済したことになるとし、これを前提として、本件各手形上の権利は、右各手形が東京都民銀行から五幸商会に、五幸商会から控訴人に順次交付されたという前認定のような手形の交付経路にかかわりなく、直接右銀行から控訴人に移転したものであると主張する。
しかしながら、債権転付後においても第三債務者が債務者に対して有する債権との相殺をもつて転付債権者に対抗することができる場合には、その被転付債権は斯かる抗弁権付着の状態で転付されたものであつて、第三債務者が現実に右抗弁権を行使したことによつて被転付債権が消滅に帰しても、それは当然の成行きである、といえるから、右のようにして被転付債権が消滅するに至つたときには、その被転付債権は転付当時から既に存在しなかつたのと同様であるということができ、従つてまた、転付命令による執行債権消滅の効果も生じなかつたことになると解すべきである。この関係は相殺適状の発生時期が債権転付の前である場合と後である場合とによつて区別すべき理由は認められず、また、転付債権者の地位が第三債務者によつて右抗弁権の行使がなされる迄の間不安定であるということは、第三債務者が債務者に対して有する取消、解除の抗弁権をもつて対抗できる場合についても同様にいえるものであることに徴し、右関係を否定するに足らない。控訴人指摘の最高裁判所判例は以上の立論について支障を来すところはない。従つて、第三債務者のなした右抗弁権行使としての相殺によつて被転付債権が消滅しても、格別、転付債権者に損失ないし出捐があつたと目することはできない。これを本件の場合について見るに、前認定の経緯事実によれば、東京都民銀行のなした前記相殺で自働債権とされた本件各手形等の買戻請求権は受働債権たる預金債権の転付以前にその弁済期が到来していたものと認められるから、前掲甲第三号証によつて認められるように、その相殺が同銀行と五幸商会との間の銀行取引約定書の約旨に基づいてなされたことを併せ考えると、他に特段の事情なき限り、右相殺の意思表示は有効であり、その限りで、右預金債権は消滅したものと認められる。従つて、たとい、その相殺適状の発生時期が預金債権の弁済期の関係から右転付の後であることが前掲甲第三号証によって認められるにしても、右預金債権は、控訴人に転付される以前からいずれは東京都民銀行による前記相殺をもつて対抗されるものであつたのであり、そしてそのとおり実際に対抗されて転付当時から存在しなかつたのと同様のかたちとなり、執行債権消滅の効果も亦生じなかつたというべきである。しからば、右相殺の自働債権たる前記手形買戻請求権が控訴人の損失ないし出捐において消滅せしめられたものと目することはできないから、東京都民銀行のなした前記相殺について、控訴人による代位弁済ないしこれと同視すべき関係が成立したものと解することはできない。よつて控訴人の前記主張は採用できない。
してみれば、前認定の経緯事実のもとでは、他に特段の事情なき限り、本件各手形上の権利は、前記の手形の交付経路にそい、東京都民銀行から五幸商会に、五幸商会から控訴人に順次移転したものであつて、すなわち、控訴人は、いわゆる期限後に五幸商会から右各手形上の権利を取得したものと認めるほかないから、被控訴人は五幸商会に対する抗弁をもつて控訴人に対抗することができるものといわねばならない。
三、被控訴人代表者の前掲供述によつて成立を認める乙第一ないし第三号証の各一、二によれば、被控訴人が、その主張の事実関係によつて、五幸商会に対して本件手形金の合計額を超える額の別手形債権を有していることが認められるところ、前記のように、控訴人はこれらの手形金債権による相殺の対抗を受けるから、本件各手形金債権は、本訴においてなされた被控訴人の右相殺によつて全部消滅したものというべきである。
四、以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求はすべて理由がないものとして棄却すべきであるから、これと符合する手形訴訟判決を認可した原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。よつて、民訴法第三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小野沢龍雄 田中永司 大石忠生)